時間の止まっている世界 [書籍]
心地の良い文章に出会うのはまるで思いがけなく素敵なヒトと逢えたのと同じ事のように思えます。
小さな女の子との不思議な出会いを綴った小品。
江國香織さんの小説。「すきまのおともだちたち」
日常の中、ふとしたことで時空の隙間のような不思議な世界に迷い込み、そこで小さな少女と出会うのです。報道関係の仕事をしている大人の魅力タップリな女性が独りぽっちで住んでいる女の子と深い友情を結ぶお話。
優しくて品の良い、まるでそよ風で頬を撫でるような文章が織りなす不思議な世界。何時までも変わらない確固とした美しい世界にその女の子は、お皿と一緒に住んでいた!両親もいなく気が付いたらそこに存在していた。
小さな女の子は自分が最初にすべきことは両親のお墓を作ることだった。なぜなら自分がいるなら両親は絶対にいるはず。でも、そこにいないのは死んでしまったからお墓を作るのだと最初に思った。
小さな女の子は、庭にレモンを植え、何から何まで自分で切り盛りして生きている。レモンからレモネードを作って野球場で売って生計を立てている。
この世界では名前という物が無く、ミミズであったりネズミだったり、ブタであるのです。小さいのか大きいのか解らないがそこだけが時空を超えて存在している。
小説の主人公は出張先でこの世界にさまよい込んで途方に暮れていたとき、女の子に助けられました。静かだがワクワクするエピソードが語られ、その世界と現実とを自分の意志に関わらず行き来するのですが、女性は結婚し、隙間に。女の子の世界は何一つ変わっていない。
女性は二人の子供の親になった。そしてまた隙間に。
挿絵はこみねゆらさん。
文章とゆらさんのメルヘンティックな絵。
忘れかけた変わらぬ美しいものを見せてくれる素敵な小説。
江國さんのヒトとなりを語るのはとっても難しい。たぶん、彼女こそ時々隙間を行き来して小さい頃の多感な少女と会っているのではと思う。さるシナリオライターが「江國さんのしたたらせた雫が私のその時の心の器に落ちたのだ」と表現していたが、要は「いい女」なのだ。船に乗って一緒に長い旅してみたいとふと思うような人なのだ。
読んでもらうこと [書籍]
iTunes Storeは好きな音楽をダウンロードして直ちに楽しむことが出来る。
スピード時代の気の短い顧客要望に合致したシステムだ。一曲でもCD一枚分でも好みのままだ。
オーディオブックのコーナーがある。音楽同様プレビューで試聴できる。
暇に任せて自分の知っている作家で知らない本の朗読を聞いてみた。
古くて新しい分野だなと思った。
文章を目で追う読書と異なる、人の声を通した本の楽しみ。
小さな子供の頃、親に読んでもらう本の楽しさとはこれなのかなと思った。
テレビがあまり普及していない頃、ラジオではドラマや朗読の番組がたくさんあった。
「君の名は」、黒柳徹子の「ヤン坊にん坊とん坊」、徳川夢声の「宮本武蔵」の朗読など。
作家の文章と人の声の魅力が織りなす独特の世界がここにある。
聞く者はリアルタイムで音声が描写する情景に浸ることが出来る。
夏目漱石の「夢十夜」。書籍では読んだことはない。早速購入して聞いてみた。
楽しい!
朗読者の資質が問われる世界だが、それは別にして漱石がこのような短編を書いているとは知らなかった。
思わぬ拾いモノをしたような気分で聞きながら寝入ってしまった。
私には良い音楽を聴くと寝てしまう癖がある。iPod Touchの楽しみが増えてとても幸せな気分に浸っている。
平井太郎から江戸川乱歩へ [書籍]
「出生ヨリ47才マデノ鳥瞰図」昭和十六年四月 平井太郎 記之
およそ己の生活史をこのような年表に著した人は見たことがない。稀代の探偵小説家江戸川乱歩が戦乱の影響で執筆活動を中止せざるを得ない時に書かれた「貼雑年譜」をご子息の平井隆太郎氏が読解した父乱歩の軌跡である。
ベタベタした父を語るような物ではなく、歴史家の怜悧な目で記憶と年譜で関連づけ、とんでもない巨人を炙り出したと言える。歴史に残る人物とは常軌を逸したある期間を経て醸成されるという、湯川秀樹の「天才の世界」を想起させる物でした。
本書は内容も秀逸だが、装丁や納められている乱歩直筆の絵図、毛筆、写真などは纏まった歴史の資料集として価値があると思います。